烈先生が喰われた


毎週楽しみにしている「範馬刃牙」の連載。
先週はなんと蛮勇を誇る中国拳法家、烈士 烈海王が原人ピクルに右脚を喰われるという衝撃!

原人ピクルは猛獣も同然で、挑んで負ければ虎やライオンに喰われるのと同様に喰われてしまうというフリではあったが、まさか本当に喰わせてしまうとは・・・ おそるべしですな、板垣漫画。

刃牙世界では、主人公の刃牙をはるかに凌ぐ人気があると思われる烈先生。その人気キャラを格闘家として再起不能となる右脚喪失に陥らせるとは、驚くべき展開だ。

バトルモノの漫画で登場人物が死んだり、片わになったりするのは珍しい話ではないが、機械だの魔法だの超能力だのを使用しない、肉体ひとつが全ての純格闘漫画で、主役をも凌ぐほどの人気キャラが再起不能な状態にまで喰われるというのはなかなかすごい。

北斗の拳やドラゴンボールで片足吹っ飛んだとしても、それはそういう漫画だからってことで別にショックはないが、キャプテン翼で翼くんの右足が喰われましたということになったら、それじゃ漫画終わっちゃうじゃん、マジ?!ってことになる。
烈先生の右脚が喰われるとはそういうことだ。

しかし烈士 烈海王。脚を喰われたことなど微塵も後悔してはいなかった。
むしろ、負けたら喰われる(丸ごと全部)という約束を違えて申し訳ないと恥じ入っている。

烈は、格闘家ならば、闘って肉体の機能を損ねることもあるのは当たり前と言っている。
打撲したり骨折したりの延長として、手足を失ったり、死ぬこともあるのは当然だと。

負けたら喰われる勝負に自ら進んで挑んだのだから、負けた以上すべて喰われるべきだったのに、おめおめと生き残ってしまったことを烈は恥じている。
負けたら喰われて死ぬ覚悟でと口にしたにもかかわらず、喰わせなかったことを恥じている。

負けたことや脚を失ったことよりも、口にしたことを実行できなかった覚悟の甘さを悔い、恥じている。
それが烈海王が烈士たる所以。

漫画のような極端なシチュエーションではなく、現実に生きていて、負けたら死ぬという勝負はなかなか出来るものではない。
負けても命に別状なく、破産も破滅もしないという程度のことしか普通はやらない。
そもそも負ける可能性のある勝負には参加しないということの方が多いだろう。

それはそれで当たり前でごく常識的なことだが、度が過ぎれば一生本気を出すことなく、無難な選択だけを繰り返し、流れで生きることになる。

むしろその方が利口で賢く、世間から評価される生き方なのだろうが、烈海王は間違ってもそういう生き方はしないだろう。
勝てる勝負しかしない、勝負とは言えないものを重ねて生き永らえることはまったく望まないはず。

烈海王は負けたことを恥じているのではない。
負けたらすべて喰われるという結果であるべきだったのに、敗北の結果を反故にして生きていることを恥じている。
勝負の結果を受け入れなかったということは、そもそも勝負しなかったも同然であるから恥じている。

負けることよりも、勝負をしなかったことこそが恥ずべきこと。
それが烈先生の言いたいことなのではないかと。

負けることを恐れて生涯なんの勝負もすることなく、なんら重要な決断をすることもなく、なんのステージにも参加することなく、ただ無難に寿命を終える。

烈士たる烈海王が恐れるのは、勝ち負けの結果うんぬんよりも、なにごともなさずに終わってしまうことではなかろうかと。

ならば負けたら喰われる勝負を行って、片脚を食われたことは、なんら後悔の対象にはならない。

おめおめと生き残ってしまったことを恥じてはいても、その残った命を無駄にするような烈海王ではあるまい。さて、敗北の結果を履行しなかったという生き恥を曝してしまった烈先生は、今後どのようにして恥を雪ぐのだろうか。

単純にリベンジするとか、そういう話にはならないだろう。そんな安っぽい話であるはずはない。
片脚のハンディをものともせず、もう一度喰われるに値する闘士として、ピクルの前に立つのだろうか?

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